35歳~私は明日も風俗嬢~

きっかけは父親のあり得ない行動。

私が17歳で家を出た理由は、「実の父親に犯されそうになった」という、どこにでもありそうなもので。

ある日、夜勤明けで寝起きの父が、リビングでいきなり、制服姿の私の胸を後ろから鷲掴みにしてきたのです。

「ちょっと!?やめて――!?」

必死に抵抗したけど、ブラを剥ぎ取られ、乳首を舐められ・・・・・・でもパンティに手がかかったところで、生協の配達が来て・・・・・・父親はようやく私から離れたのです。

お尻にずっと押し付けられていたあのカチカチの肉棒の感覚を思い出すと、今でも吐き気がします。

母のセリフ

女性の画像

その夜、母に昼間のことを打ち明けました。

母が別段驚かなかったことに、私の方が驚きましたが、それよりももっと驚いたのは、その後の母のセリフでした。

「あの人はそういうおかしなとこあるから、隙を見せたらアカンで。極力会わんようにしとき」

 

 

普通じゃないでしょ?

自分の娘が実の父親に襲われたのに、そんな普通な母親いる!?

翌日、私は貯めていた貯金20万円を握りしめ、地元である姫路を離れ、大阪へと向かいました。

行くあては、ツーショットカードで知り合った、独り暮らしの会社員の部屋。

梅田で待ち合わせた彼は、イケメンでもブサメンでもない大人しそうな普通の20歳。

私は彼の家に居させてもらう代わりに、毎晩彼の求めに応じました。

中学時代から何人もの男と経験があった私にとって、男に奉仕することなんて、どうということでもなく・・・・・・。

ただ、それも長くは続かず。

ある日、彼が働きに出ている間にツーショットカードで知り合った新しい男に誘われ、私は住所を変えたのです。

男は25歳、トラックの運ちゃんで、名古屋の人でした。

(関西を出るのもいいな・・・・・・)

流れるちぎれ雲みたいに、出会う男の意思に委ねる行き先。

ただ、名古屋での生活もそう長くは続かず、その後、私は20歳までの間に、東京→千葉→大阪→神戸と、彼が変わるたびに流れ流れ続けました。

割り切りと風俗と

割り切りと風俗と

24歳。

私は大阪で、10歳上の彼と同棲をしていました。
4年間続いていたその彼はどうしようもない浮気者で、責める私を容赦なく殴る人————。

(もうここも限界だけど・・・・・・)

それまでの私なら、すぐに次の宿り木を探したでしょう。

ただ、その当時の私は、バイトをしていたホームセンターの40歳の店長と不倫関係にありました。

彼は、私が心底惚れた、初めての男でした。

それまでの「生きるための道具」だった男たちとは全然毛色の違う、優しくて温かい人——————。

「いつか離婚するから待っててな」

でもある日、その言葉を信じきっていた私の目に、信じられない光景が飛び込んできました。

バックの倉庫で、パートの若い主婦と舌を絡めてキスをする彼を見た時、自分の中で何かが弾けたのです。

(もう、どうでもいいや)

バイトを辞め、男の部屋も飛び出した私は、出会い系サイトで割り切りを始めました。

外見や年齢や立場の違う色んな男が、私の体を通り過ぎる日々―――。

客が取れない時は風俗店に飛び込みました。

箱ヘル、デリヘル、ホテヘル、ソープと、一通りの風俗は経験し、そしてまた割り切りが好調になると行く気をなくして、無断退職する転々虫。

そんな日々が6年も続き、気付いたら私は30歳になっていたのです。

結婚と借金と堕胎と

転落

30歳で出会った同じ歳の彼は、当初割り切りのお客でした。

でも何回か会ううちに、人懐っこい、頼りない彼に癒されるようになった私は、誘われるままに、彼と同棲を始めたのです。

そして、ある日――――。

「結婚しようか」

正直、嬉しかったです。

こんな私を貰ってくれるなんて・・・・・・。

ただ、私には彼に言えない秘密がありました。
流れ流れ生活の中で、私は消費者金融に多額の借金を抱える身になっていたのです。
だから結婚しても、私は割り切りをやめませんでした。

彼の給料には少しの余裕もないし、それに、自分の撒いた種ですから。
旦那がせっせと働いている間、嫁である私は出会い系で男を探し、体を汚し、何とか金利だけを収めるような月末を何度も乗り越えました。

(少しづつだけど減っているし・・・・いつかは・・・・・・・)

ただ、人生とは思惑通りには進まないものです。

カンジタ、クラミジア、やり逃げに監禁・・・・・・と、割り切りは次々と不幸を運んで来ました。

それでも、彼との心穏やかな結婚生活を想像し、日々、稼ごうとする私に訪れた、精神的な致命傷――――。

妊娠。

堕胎。

彼は草食系でたまにしかなく、それは間違いなく中出しをせがんだ最低なお客の子でした。

堕胎後、私は彼に割り切りと堕胎の事実を告げ、離婚を切り出しました。

幸せな要素を全て捨てることが、せめてもの子供への贖罪だと考えたのです。

彼は随分乱れましたが最後はどうにか受け入れてくれ、そしてそれが、まさに私の「終わりの始まり」でした。

32歳、1人、彼の部屋を出たあの夜の気分を、私は多分、一生忘れることはないと思います。

そして、35歳、ホテヘル嬢

風俗嬢

今、私は東京は巣鴨にいる。

人妻系ホテヘルの待機所で寝泊まりをし、1人暮らしを始めるためのお金を貯めている最中の私に、これといった希望はない。

私はあの両親にお似合いの、娘が失踪してもノーリアクションな、最低の両親にお似合いの娘だ。

今後もただ、体を売って生きるだけのこと。

それ以上には絶対ならないし、それ以下なんて元々ない。

昨日も今日も明日も私は風俗嬢だし、明後日も来年も、いや、きっとどこかで野垂れ死にするまで、私はこのままでいい。

良いも悪いも、勝ちも負けもない。

人の一生なんて、泡沫の夢だ。